関口存男と愛人文法?

上の写真は、爺さんの人生最後の手帳と思われるが、中身はというと、要するに若い愛人との再婚プランが書き込まれている。それにしても「格」って・・・ドイツ語じゃあるまいし。まあ、さながら愛人文法とでも言った様な趣が無きにしも非ず・・・。

 

爺さんは晩年、教え子だった自分の娘より年下の女性(この方、しばしば日本のハーバードなどと呼ばれる某大学の名誉教授。故人。)と付き合っていたのだが、妻の為子が亡くなるとすぐ、まさに涙も乾ききる前に・・・もしかしたら生前からかも(爺さん、どうなのよ!?)・・・既に再婚を考えていた模様。

爺さんの伝記もどきが書かれた本によると、婆さん(曽祖母の為子)が亡くなると「すっかり気を落とされ、後を追う様に自らも亡くなった」的なことになっていたりするが、これは明らかな取材不足によるもので、実際のところ、爺さんはまだまだ生きる気満々で、愛人を我が家(落合の家)に招き入れる算段をしていたのが本当のところ。

ちなみにM.とは、我が祖母・充子(存男の長女)のこと。

 

ここで爺さんのお言葉(言い訳? まあ、確かになかなか上手いことは言っているが・・・)

 

“男には大きな心が一つあり、小さな心が沢山ある。
で、その大きな心は奥さん、小さな心がアチラコチラの女性に。
だから、男はアチラコチラに行っても、待っていればそのうち奥さんの元に帰ってくる。

それに対し女は大きな心が一つだけ。だから何処かに行ってしまったら帰ってこない。だから男の浮気より女の浮気の方がよっぽど怖い。“

 

こんなことを当時中学生の母・久美子に向かって言って聞かせたそうだ。

母は、祖父母が愛人の件で揉めていたのを知っていたので「お爺ちゃん、言い訳してるっ!」と思っていたそうだ。

 

実際、この愛人さんから妻・為子に宛てた言い訳の手紙が我が家には残されているのだが、まあ、ちょっとドロドロな感じがひしひしと伝わってくる内容。

 

余談だが、爺さんが亡くなった際、その直前にこの愛人さんと喧嘩をしていたそうで・・・そういったことから爺さんの死を自殺だと疑ったお弟子さんがいた程・・・母は葬儀の際、お弟子さんたち(大野さんと中村さんだったか?)に代わる代わる隅に呼び出され、その辺りのことを遠回しに聞かれたそうだ。

 

ハッキリと言っておきますが、自殺ではありません! ので、皆様ご安心を。

 

それはそうと、爺さんという人はドイツ語文法について書かれたものも、演劇について書かれたものも、この「愛人招き入れプラン」について書かれたものも、全て同じフォーマットというか、同じフレームで書き記している。どうやらそれは見た目(ノートの使い方)の話だけではなく、中身に関しても、問題の枠組みというか思考の枠組みと言った方が良いかもしれないが、或る種のパラダイム、フレームを先に作って、思いついたところからどんどん埋めていくスタイルだったのではないだろうか? この愛人のフレームでは上の写真に先行する(1)として、前ページに「規則」という項目があるが、ここには何も書き込まれていない。多分、もう少し生きていたらここに何かが書き込まれていたことだろう。そしてそれは我が家、関口家の流儀、もしくは生活作法とでも言った様なものの一つになっていた筈だ。

ABOUTこの記事をかいた人

十代の頃より音大教授に師事しクラシックの作曲を学ぶ。オリビエ・メシアン、ジョン・ケージ、武満徹などの現代音楽に傾倒。また演劇の分野では、曽祖父や両親の仕事の関係で幼少時代より新劇に親しむ。その後、劇作・演出家の津上忠氏の演出助手等、演出の研鑽を積む傍ら、作曲家としてはNTT等企業の音楽や前進座等の舞台音楽、ポピュラー音楽の作・編曲・プロデュース、etc.。日本テレビ系列・日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー)等を経て、2010年からは楽劇座芸術監督として作品を発表し続けている。公益社団法人・日本演劇協会会員。