学者の家 〜関口存男を語るということ〜

身内のことを書く際には、或る種の葛藤を伴う。

しかし、世間様の書いたものが必ずしも正解ではない場合、それを見過ごしておくことにもこれまた葛藤を伴う。

さて、どうしたものか?

更に具合が悪いのは、曽祖父がちょっとばかり有名人だったことだ。

有名人の2世タレントみたいなのは御免被りたい。

かと言って、語学に堪能などと思われるのも大いに困る。

「バ〜カで〜す!」などと、オチャラケて見せるのも一つの手には違いないが、残念ながらそこまでバカでもない。

そこで、

「爺さんの天才にはとても敵わないが、また爺さんも僕の天才にはとても敵わない」まあ大体、こんな感じで四の五の折り合いをつけている。

尊敬の念を持って自らの尊厳を生きるといった感じだろうか。

傲慢も如何なものかと思うが、かと言って、自らを卑下した生き方ほど醜いものもない。

イチローが私よりも野球が上手かったからといって、別に自分を卑下する必要などない。また、私がいとも簡単に上手くやってのけることにイチローが手こずったとしても、イチローは自分を卑下する必要などないのだ・・・イチローよ安心したまえ!

余談だが・・・時に、謙虚というヤツには、まるで心の中では人を小馬鹿にしながら、表面的にはマヌケを装い確実に任務を遂行するスパイのような傲慢さを感じる。

まあ、このようなコンテクストに於いて、私は自らの仕事を位置づけようと考えている。

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存男と為子・・・文化村の自宅にて

河竹登志夫先生のお仕事ぶりに影響を受けたのかもしれない。河竹先生は黙阿弥の家=作者の家に生まれ、黙阿弥の曾孫としての仕事も立派にこなしながら、自らのお仕事も・・・周知の事実であり、私が言うまでもないが・・・人並み以上にこなされた。私の場合は存男の家=学者の家=演劇(新劇)の家だが・・・。

一見、恵まれた環境と思われがちだが、実はそうでもない。却って難しい面もあるのだ・・・まあ、考え方(正確には、思い方)の問題だが。兎も角、そういったご自身のご経験もあってか、河竹先生はこの「家を継ぐもの・・・曾孫はつらいよ」的心情をよくご理解下さっていた様だ。

さて、それでは存男に関する私の仕事は何か?

一つには、爺さんが残したもの(未発表の創作、論考等)に私がこうして簡単にアクセス出来る様に、爺さんに興味をお持ちの方、全てが同様にアクセス出来る環境を創ること。

これは今後、その様な場が与えられるならば、積極的に本の出版等(関口存男・未発表〇〇集等・・・もしくは裏・関口存男とかね)を考えていきたい。

ただ、爺さん自身が「わしが死んだら(残った原稿を)全て捨ててくれ!」と言っていた様に、他人には理解出来ない部分が多く含まれているのも事実だろう。そこで、全てをクリアにするのは不可能だとしても、出来る限り、存男の人となりや日常での発言・行動、生き方を収集し、伝えて行くこと(先ずは「存在の男展」の展示に合わせ、三修社さんに寄稿して行く予定です)で、関口存男に対する理解(もしくは研究)が進んで行く様な、いわば関口存男環境の整備とでもいった様なものが今後必要となるだろう。これこそ、黙阿弥で言うところの「作者の家」を継ぐものの役目なのではないかと私は考えている。

演劇に関する部分は直接、私がやることになるでしょうが、ドイツ語に関しては、優秀な方々がいらっしゃることは重々承知しております。今後、その筋の適任者(もしかしたら今はまだ大学生くらいだったりするかも知れませんよ)が良い仕事をして下さることでしょう。その為にも、存男が残したもの(纏まったモノ以外にも断片やメモも多いのですが)に関しては、誰もがすぐ手に出来る様な何らかの形を考えたいものです。

ABOUTこの記事をかいた人

十代の頃より音大教授に師事しクラシックの作曲を学ぶ。オリビエ・メシアン、ジョン・ケージ、武満徹などの現代音楽に傾倒。また演劇の分野では、曽祖父や両親の仕事の関係で幼少時代より新劇に親しむ。その後、劇作・演出家の津上忠氏の演出助手等、演出の研鑽を積む傍ら、作曲家としてはNTT等企業の音楽や前進座等の舞台音楽、ポピュラー音楽の作・編曲・プロデュース、etc.。日本テレビ系列・日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー)等を経て、2010年からは楽劇座芸術監督として作品を発表し続けている。公益社団法人・日本演劇協会会員。