関口家の流儀 〜系図 関口存男と私〜

爺さん(曽祖父)が残した演劇関係の戯曲やノートに取り組んでいる。

触るとボロボロ崩れ落ちてくる。中央の一際劣化の激しいブツは、一部の生真面目な学者先生方から「作者への冒瀆だ!」とお叱りを頂戴したという曰く付きの代物(笑)

昭和5年6月の劇団新東京旗揚げ公演「フィガロの結婚」の翻訳・・・東山千栄子さん曰く自由脚色。ページがくっついていて開くのも一苦労。

まあ、私も精々、嫌われるとしましょっかね(笑)

生真面目な方=つまらん奴から怒られるのは我が家の伝統・・・いわば関口家の流儀。

 

「関口存男の生涯と業績」(三修社刊)のあとがきで、お弟子さんの荒木茂雄氏が爺さんの仕事ぶりを「自分の語学はいわゆる『語学』ではない。目指すは世界の文化であり人類の向上である。人類の理想の実現のために自分は語学をやるのだ。という信念が言外に現れ、その行間に読み取られるような気がします。」と評されていますが、まさに全てはそこにある様に思われるのです。

私自身、演劇や音楽、勉強、教育と一見、手広くやっておりますが、全てはそこにあると言っても過言ではない。

しかし、これはあくまでも精神、且つ現在進行形の形をとるという点にご留意頂きたい。これは決して「人類の遺産」を残そうなどと考えている訳ではない・・・この辺りは、爺さんが家族に「わしが死んだら(残った原稿を)全て捨ててくれ!」と言っていたことが物語る。

ただ偏に、自分の一生を「時世に翻弄されたくない」という生き様と言っていい。

過去、未来問わず、もう少し長いスパン(文化から見た人類の歴史)で人間を捉え、自分のやるべき仕事を眈々と(表面的には「淡々と」)こなして行く。静かだが爆発的な力を内在した仕事=生活なのである。只々、勉強し表現する生活。

我が家には観光旅行の思い出など全くと言っていいほど残されていない。私もこれまでのところ「旅行」の2文字とは全く無縁な人生だ。例えば、卒業旅行なんてものをするくらいなら、迷わず高額な本を数十冊、もしくは楽器を購入するだろう。爺さんも生涯、いわゆる「旅行」というやつには縁のない人生だったが、この分で行くと私は爺さんの記録を更新しかねないお家大好き人間である(大好きはちょっと言い過ぎだが)。ちなみに爺さんの仕事場も自宅の書斎でした。早稲田や慶応義塾から「研究室をご用意しています」と教授のお誘いがあった際にも、「研究室があるならお断りします。講師で良ければ引き受けます。」と言ったとか。私などは「研究室を用意するって言うんだから素直に『ありがとう』でいいじゃないか」などと思ってしまうところだが、どうやらこれは質問者が引っ切り無しにやって来ることを警戒しての事だという。全ては自分の勉強の時間を確保する為。基本、自宅の書斎で勉強して、授業以外は週一回、面会日を決めて質問者に会っていたという。

人類の歴史(文化)の中に自分を位置付けた場合(謙虚且つ傲慢、プラマイゼロの精神的レベルに於いて)、時世の名誉などはほんの些細な問題に過ぎないのだ。

ABOUTこの記事をかいた人

十代の頃より音大教授に師事しクラシックの作曲を学ぶ。オリビエ・メシアン、ジョン・ケージ、武満徹などの現代音楽に傾倒。また演劇の分野では、曽祖父や両親の仕事の関係で幼少時代より新劇に親しむ。その後、劇作・演出家の津上忠氏の演出助手等、演出の研鑽を積む傍ら、作曲家としてはNTT等企業の音楽や前進座等の舞台音楽、ポピュラー音楽の作・編曲・プロデュース、etc.。日本テレビ系列・日本テレビ音楽(株)顧問(サウンドプロデューサー)等を経て、2010年からは楽劇座芸術監督として作品を発表し続けている。公益社団法人・日本演劇協会会員。